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日本独特の製品カテゴリーがたくさんあり、それらが私にとっては新しくエキサイティングです。

ダンカン ショットンさん (デザイナー/ダンカン・ショットン・デザイン・スタジオ)

日本で活動されている外国人の方はたくさんおられますが、デザイン事務所をいきなり日本で作られる方は珍しいと思います。日本人でもいろいろと面倒だし億劫なんですが、すごい行動力だと感心します。グローバル化した部分とそうでない部分があって、そういうものが日本の魅力であると思うのですが、日本の最大の障壁は英語をしゃべれない日本人だと痛感しました(笑)。

August 25 2016 , Interview

ダンカンさんの自宅兼オフィスは目黒通り沿いにあります。インタビュー当日は納品されてきた商品が段ボールで山積みでネット販売の手間のかかるところを拝見させていただきました。日常生活のレベルでは日本語が話せるダンカンさんですが、本当に言いたいことまではなかなか日本語で言えないというところと、わたしがさっぱり英語が使えないという残念なレベルで奥様に通訳いただきながら、興味のあるところをお話聞かせていただきました。

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■Q1   ダンカンさんの出生地、誕生日、学歴、職歴を教えてください。

私はロンドンのカムデン区で生まれましたが、10歳の時にイギリス西部にあるブラッドフォード・オン・エイヴォンという小さなかわいらしい町にに引越し、そこで育ちました。Trowbridgeカレッジでアートとデザインの基礎を学び、ロンドンに戻りブルネル大学で工業デザイン&テクノロジーを学びました。2年間勉強した後、トッテナム拠点のj-meという小さなデザインスタジオで1年ほど働きました。j-meでは、私の最初の一般向け商品である「テープ・ディスペンサー」をデザインしました。これはカセットテープ型のテープがくっつくディスペンサーです。その後、大学に戻り、「digimech時計」を卒業課題として発表しました。そこで、ブリストル拠点のデザインコンサル会社Kinneir DufortのクリエイティブディレクターのCraig Wightmanと出会いました。そこで4年間、製品、パッケージ、UX、グラフィックのデザイナーとして働きました。2011年の2月、自身初の製品「クラウドキーホルダー」を開発しました。実家のキッチンで、120個限定で小さいバッチを作り、それをスウェーデンのストックホルムのデザインブームマートエキシビジョンとオンラインで売りました2012年6月、Kinnier Dufortを辞めて、恋した日本人女性と一緒になるために東京に移り、個人デザイナーとしてキャリアを進めることにしました。

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■Q2 ダンカンさんが日本に興味を持ったきっかけはなんでしょう

小さい頃からたくさんの日本のものに触れてきました。七人の侍、ゾイド、任天堂、ファイナルファンタジー、たまごっちなど、、日本は身近でありながら奇抜で、似ているけど異なる、理解できるけど複雑といった質の良いものがある。魅力が満載の国でした。

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■Q3 日本でデザイン事務所を開くようになった経緯を教えてください

日本に引越す前におそらく6回か7回日本に来ているのですが、みんな日本人じゃなかったら日本でできることは英語の先生ぐらいだと言われました。私はデザイナーとしてたくさん勉強してきたので、そう簡単に諦めたくはありませんでした。その同時期に、私はイギリスのデザイン会社で正社員として働いていました。いつも個人でデザインし製品を開発したいと思っていましたが、その勇気が出ませんでした。

最終的に日本に興味を持たせてくれたのは愛でした。私は日本人の女の子に恋をし、しばらく遠距離恋愛をしていましたが、彼女と一緒になるために東京へ行くことを決意しました。結構急に決まったことなので、普通の仕事を探す時間もなくここに来ることになってしまいました。日本の企業へコンタクトをし、フリーランスのコンサルタントとして国際的に働いていた際に、自分自身の製品を始める機会がありました。最初に“ダンカンショットンデザインスタジオ”として、私が開発した製品はReal Boy プッシュピンで、東京デザイナーズウィークの間デザインブームマートで発表し、売りました。なので、もしかしたら私が恋に落ちなくて日本に急いで来ていなかったら、自分自身の夢だったとしても自分のスタジオを起業するということはなかったかもしれません。

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■Q4 日本でデザインをやることでいいことと悪いことを教えてください。

それぞれたくさんありますね^_^下記がその例のいくつかです:

日本人ではないということで、「イギリス人のデザイナーさんですか!」と日本の方々からすぐに興味を持っていただきやすいというのがあります。ですが同時に、日本人であると考慮された場合にしか受け入れてもらえないといった状況がたくさんあるように思います。日本のクライアントさんは、可愛さや遊び心とキャラクターがデザインされていることを重要視し、そのようなデザインをより受け入れると思います。もちろんそれは私にとっても大切なことです。イギリスでは、デザインと製品の質の基準が日本より低く、何か良いものを買うときはお金を出します。対して、日本は低コストで良い品質のものをエンドユーザーに大きなスケールで提供する企業が溢れています。(ダイソーが明らかな例だと思います)私のような小さな会社では、生産量も少なく、競争するのはとても厳しいです。

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■Q5 私が一番気になったのがお醤油を入れる小さな皿ですがデザインのきっかけはどういうところからでしょうか?

04_SoyShape_triangle_in-situ

03_SoyShape_transformation

日本独特の製品カテゴリーがたくさんあり(醤油皿やビジネスカードホルダーなど)、そのような製品カテゴリーを知らなかったので、それらが私にとっては新しくエキサイティングなのです。醤油の色がお皿の深さによって変わることを知って、それをグラフィックのエレメントとして使いたかったのです。“不可能な三角”はデザインの魔法に足す有名なイリュージョンで、グラフィックイリュージョンを調べてから“Cubes”を開発しました。

■Q6 日本にあるものの中で、ダンカンさんが一番気になっているデザインはどういったものでしょうか?

バナナオーレ缶が好きです。見ると嬉しくなります。

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■Q7 日本人のデザイナーで尊敬している人は誰ですか?

名前を知らないのですがピタゴラスイッチをデザインされた方(方々)はメダルをもらうべきだと思います。面白いけどデリケートで、「トゥーマッチではなく、ちょうどいい」すべてのメカニックの特質が日本人のデザイナーがデザインしている最高の例だと思います。

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■Q8 今一番やってみたいデザインはなんでしょうか

他のブランドのデザインをもっとたくさんやってみたいです。それぞれのブランドのスタンダードアイテムに“ダンカンのひねり”をもっと加えていきたいです。

■Q9 これからの展望について教えてください

自分自身がデザインしたすべてのものを売れる店舗を持ちたいですね。あと私が好きな他のデザイナーさんのものも売りたいです。

 

 

日本のデザインのイメージはイギリスではかなり良くて、ドイツ製と日本製はクオリティーが良いというのは常識のようです。では、日本人デザイナーは海外に行って活動すべきか尋ねるとその必要はないと言われました。英語がちゃんとしゃべれるなら出てもいいけどという話ですが、その前に日本のほうがモノをつくるのは簡単だということです。サンプルを作ってくれる会社は東京の近所にたくさんあるし技術力はあるしということで、わざわざ海外に行く必要なないということでした。

それにしても、どうしてこれだけ英語を勉強しているのに日本人だけ喋れないか?という話で盛り上がったのですが、失敗を恥ずかしいと思っているという点で落ち着きました。奥様は留学経験ありでその時の話もしてくれたんですが、ほかの国の人はわからないと「もう一度言って」って3回くらいは訊くそうです。日本人なら話しているのを遮ると悪いと思うので、そのまま流して結局わからないままということが多いかと思います。今ダンカンさんがまさにその状況で、話はおよそわかるけどディテールで変な返事をしてしまうことがあるので、毎日恥ずかしいそうです(笑)。わたしももうちょっと恥ずかしい思いをして英語を話せるようにしないと・・・。

Text: Koichiro Sato
Picture Koichiro Sato

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Duncan Shotton Design Studio

ダンカン ショットンは東京を拠点にしているイギリス人の若手デザイナーです。彼の仕事は主に、雑貨、包装、グラフィックやインターフェースのデザインになります。
このウェブサイトはポートフォリオと共に、彼の厳選された商品の販売をオンラインで行っています。
彼がデザインしている自身の商品は、様々な会社で発売されており、他社とコラボレーションした仕事などフリーランスでインターナショナルに活動してます。
URL:dshott.co.uk

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