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秩序や社会規範にがんじがらめの日本的な日常生活。奇妙な形態の自然物が、日常の文脈を逸脱し、新たな知覚を呼び覚ます。

井上織衣さん(アーティスト) パリ在住

井上織衣さんの作る作品は、小さな優しさと不思議な柔らかさでできている。普段目にすることがある自然のモノが、私たちの日常生活に問いかけてくる。私たちの体の中に普段使わない器官があって、その作品が発信するメッセージを受け止めると、わたしたちの常識や社会規範やルールといったものが本当は何のために有るのか考えさせられてしまう。自由な詩であり散文のような文脈を持ちながら、小さな声に耳を傾けさせるようにできている。

August 4 2016 , Interview

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地下鉄の8号線で、パリ郊外メゾン=アルフォート・シュタット(Maison Alfort Stade)へ。パリ市を出るとき地下鉄は一旦地上に出て、マルヌ川に架かる鉄橋を渡るんですが、たったの数分でこんなに緑が多いのか?と感動するくらいののどかな風景のエリアです。今回のインタヴューはパリでアーティストとして活動されている井上織衣さん。常々アートの人はなんでパリを目指すんだろうというのが疑問としてあって、今回は最近の活動の様子と、活動の拠点にパリを選んだのはどうしてか伺ってきました。

002 Maison Alffort stdat

―   アーティストの活動の拠点として選んだ場所ですが、なんでパリだったんでしょうか?

井上: きっかけが大学のパリ賞コンペティションに選ばれたというのがありますが、いろいろと海外は住んでみましたが、パリが一番肌に合ったというところです(笑)。

―   パリでのアーティストの活動というのはどういった感じですか、日本での活動と違うものになるのでしょうか?

井上: アーティストってどうなればプロフェッショナルなのか?プロなのかアマチュアなのかよくわからないですよね。今まではお金を稼ぐことがプロフェッショナルだと思っていました。

井上: ここ(パリ)で活動して自分を信じながら疑いながら、活動を続けて作品を作り続けるということがプロじゃないかと思うようになりました。

―   制作の面ではですね。では、発表の場をどう作るか?という面では?

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井上: パリにきてよく見る風景ですが、電車の中や駅や広場で歌を歌う人がいっぱいいます。彼らは歌う場所を探していますし、そして聞いてくれる人を探す作業をしてパフォーマンスをしていますよね。それがアーティストとしての彼らの人生だから…常に、表現したい。そういうのを見ていて(アーティスト観は)変わってきたのではないかと思います。

―   パフォーマンスはどこで見てもらうかというのもあるかと思います。井上さんのように作品を作る人の場合はどうでしょう。ビジネスとしては?

井上: ビジネスには乗っかってないですね(笑)。乗っけたいとは思います。すごく考えるところです。依頼されて作ると、やりたくない時にもやらなくてはならないですよね。そういうのが(作品に)出ます。具体的に指定があったりすると、今そんな気分じゃないのに…というのはありますよね(笑)。

―   受注して制作をするのは、スタイルではないかもしれませんね。展示の風景を見ましたが、全体として緩やかなストーリーがあってそれぞれが完結したシーンになっているのをお客さんはストーリーと合わせて買っていかれるようなイメージでした。ネットでぽんと買うような作品ではないのかもしれませんね。

―   最近の作品だとこの、木の根っこシリーズ、花のシリーズという作品ですね。

井上: そうです。いろいろなものを拾い集めるのですが、そうした中でイマジネーションが膨らんでいきます。自然の中の小さなものからストーリーが生まれます。

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―   これらは、最初は見る人それぞれですよね。

井上: キノコ?カワウソ?って母からは言われました。見る角度によってエレガントなドレープにも見えますし、別の角度から見ると艶めかしい感じです。胸とかついててヒワイな感じにも見えますよね。

―   そうですね。しっぽがついていて人魚のようにも見えます。ドレスをまとっているようにも見えますし。

井上: そういう感じを楽しんでいます(笑)。

―   コンセプトに書くとなかなか難解ですね(笑)。直感的には小さくて愛おしいモノとして、愛さずにはいられない感じですが。

 

『生物それぞれが異なる知覚によって、それぞれの自然観を具体的にたずさえて生きているというヤーコプ・フォン・ユクスキュルの環世界論に着眼し、日常における自然現象を室内空間に囲い込んだサイトスペシフィックアートに触手を伸ばす。変遷する自然環境とそこに潜む創造性を深く捉え、自然界や動物界の視野を根底に、日常へとなだらかに連動する美術を追求している。』

 

井上: そうですね(笑) すみません。

―ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの環世界論というのはどういったものですか?

井上: たとえば、照明、本棚、ソファー、テーブルとその上にのったご馳走のある部屋があるとして、犬にはテーブル上のご馳走とソファーは見えていますが、本棚や照明は見えていない。ハエには照明とご馳走以外は何も見えていない…というようなものです。つまり、それぞれの主体によって、意味のあるもののみが存在するというものです。

 

『現代の多くの人が、電話やパソコンの小さな画面に集中するあまり、現実(に存在する環境)とのコンタクトが少ない。作品(現実に存在しない生物)を制作することで、観客はどこからが本物でどこからがそうでないのかじっくり見ないとわからない。見ることに時間をかけることで、今まで見えなかったもの・ことに気づくことになる。そして現実とのコンタクト(五感での知覚)をとるきっかけとなることを願っている。』

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―   この、木の根っこシリーズ、花のシリーズという作品はどういったところから生まれたものなのでしょうか?

井上: 大まかに2種類あります。ひとつは何かものに対する博物学的な興味。もう一つは人の感覚の幅:知覚できる範囲というような微細な感覚への興味です。

―   微細な感覚というのは発信するほうですか?それとも感受性として受け取る側ですか?

井上: 受け取る側です。昔、読んだ本で安部公房さんの「他人の顔」というのがあります。精巧に作られた仮面を障がいのある少女に見破られてしまうシーンがあるんですね。その時の彼女の能力を「未分化な直感」と綴っていたのが印象に残っています。直感というものはしばしば底知れぬ能力のように感じられます。

―   博物学的な興味というのも広いニュアンスですが学術的なものだったんですか?

井上: いいえ(笑)。面白いものを集めたい!子供の欲求のようなものです(笑)。

―   小さいころから集めるのが好きだったんですか?

井上: はい!まさに。私は記憶になかったんですが 大きくなってから両親に語られた子供のころのことなんですが、とにかく学校帰りに気になるものをポケットに入れて帰ってくる子供だったらしいです(笑)。ダンゴムシだとか、釘とかナットとかボルトとか。宝物的なものにしてたんだと思いますが。特に子供は自然に対して敏感だと思います。人工物に囲まれていても自然に目を向けるように思います。このへんの感じは男の子的な収集感覚ですよね。

―   ポケットの宝物がアートへ昇華したわけですね。あともう一つの知覚についてですが、『小さなもの(コト)に気をつけることで大きな何かを感じる』と言えばいいのでしょうか、見ることや聞くことや触ることといった感覚が別の知性を目覚めさせるといったような感じでしょうか?

井上: 大学時代は嗅覚と聴覚に刺激がいくようなインスタレーション作品を作ったりしていました。人が近付くと感覚に刺激をあたえるというものです。屋外にいるような錯覚や生命があるような錯覚を呼び起こすような。基本的には自然なんですよね。

101 Exhibition view Phenomenon, Earth+Gallery, Tokyo, 2016

102Escape, 2016

103 Contagion, 2016

104 Fongistiole II, 2015

105 Végestioles IV, 2014

106 Racinoupiale I, 2014

 

 

コンセプト

フランスの哲学者メルロ・ポンティやドイツの哲学者ハイデガーの思想に影響し、聴覚や嗅覚に共鳴するインスタレーションを模索。

人によって多少の差はあるものの知覚できる範囲は決まっている。その閾にのぼらない閾下知覚にテーマを掘り下げ、視覚以外の聴覚や嗅覚に共鳴するインスタレーションを研究。

その中に牧草を使ったインタラクティブ作品がある。観客が最初に感じるのは、空間を満たした牧草の匂い。そして作品に近づくと、人の呼吸の音が聞こえてくるというものである。

観客はその音に耳を澄ませ、身をかがめて自ら作品に近づこうとする。すると作品が一匹の生物のような、あるいは生き物のすみかのようにさえ感じられ、人と生物との最初の対話のようにも捉えられる。

目を見張り、耳を澄ませ、自ら対象に近づこうとする行為は、自己と他者との最初の理解となるのかもしれない。互いの隔たりを超越し、現代社会から忘れ去られた知覚の幅を広げることになるのではないだろうか?

 

注釈:

** モーリス・メルロー=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty)1908 – 1961  フランスの哲学者。

彼の哲学は「両義性(Ambiguïté)の哲学」「身体性の哲学」「知覚の優位性の哲学」と呼ばれ、従来対立するものと看做されてきた概念の<自己の概念>と<対象の概念>を、知覚における認識の生成にまで掘り下げた指摘をしている。たとえば、それまで枯れ木を見たことがない人にとっては、枯れ木を見るだけでは、名前のない枯れ木を「現象」としてしか知ることができない。「枯れ木」を恒常的に認識できるようになるためには、「枯れ木」という言葉(記号)を知る必要がある。

* マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger)1889 – 1976  ドイツの哲学者。

はじめカトリック神学を研究し、フランツ・ブレンターノや現象学のフッサールの他、ライプニッツ、カント、ヘーゲルなどのドイツ観念論やキェルケゴールやニーチェらの実存主義に強い影響を受け、アリストテレスやヘラクレイトスなどの古代ギリシア哲学の解釈などを通じて独自の存在論哲学を展開した。

 

―   哲学的ですね(笑)。

井上: 自然とか呼吸とか生きているモノが好きなんだと思います。人工物だけどどこか自然のものというか、なんか作品として見せるのではなく『自我を消す』というか、自然を尊重しつつ少し手を加えてというような装置になっています。

 

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―   作風は生まれ育ったところに由来するものはあるんでしょうか?

井上: 生まれた埼玉は田んぼが周りにあるようなところでした。

―   パリにきて変わった感じというのはあるんですか?

井上: より自然が多いように感じています。ここ(メゾン)に住む前は、マレに住んでいました。でもそれは公園の立ち入り禁止区域にある花だったり木だったり、東京都内にも似た感じだったので、気軽に自然を採集する感じではなかったですね。

―   それでもパリには自然を感じているんですよね。実際は物理的に立ち入り禁止だったりするのに、感性的にはそのように感じていなんですね。どういった心理的な状態がそう思わせているんでしょうか?

井上: なんかすごく楽なんですね。日本人なのでパリでは当然『外国人』として見られると思われるでしょうけど、実際はそんなに外国人というような見られかたはしないんです。あまりにも外国人が多いからいちいち気にしないのか(笑)。だから、気楽に住めるんです。気候とか食べ物も自分に合っているように感じます。ここにきて初めて生活がイメージとしっくりきたというか(笑)。

―   それは日本にいたときは違和感があったということですよね?

井上: そうですね(笑)。日本の見えないルールってあると思うんですね。たとえば電車の中では飲み食いを避けるとか。当たり前のように存在している見えないルールがたくさんあるような気がして、少しでもそこから外れると変な目で見られるんです(笑)。あんたなにしてるのみたいな感じで。それが怖いですね。

―割と踏み外しがちな子供だったんですか?

井上: そうなんです(笑)。

―   じゃあよかったですね。おっしゃるように、あたりまえという感覚のが多いですね。

井上: 作品を作るのに、種を拾ってても葉っぱを拾っても何も言われないです。変わりもんとは思ってるかもしれませんが(笑)。変態ですね。

―   かもしれません(笑)。

井上: アートな方向に行った人間、つまりアーティストは生き方だと思うようになりました。

―   初めの質問の回答ですね。

井上: アーティストというものについて、日本ではそれを職業ととらえて食べていけるの?って聞かれるんですが。パリだと作品について聞かれます。どんなものをやってるの?とか。それが大きな違いです。

井上: 日本では肩身が狭いです。大学時代にアートをやっていた友人でも9割ぐらいはアートをやめている人が多くて、売りやすいもののほうに行ってる感じですかね。

井上: パリではリラックスした状態を保ちやすいです。日本のように周りを意識している状態ではなく、自分らしくいられます。無心でいられます。だからパリにいるのだと思いますし、これからも多分、パリで活動し続けると思います。

 

 

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アトリエはメゾン=アルフォート・スタッドの駅から車で10分くらいのマルヌ川を望むアパルトマンにあります。もともとシャトーガイヤールというお城があった敷地に建っており緑が豊かな環境です。窓からは12区のサン・モーリス(Saint Maurise)あたりの豊かな森とヴァンセンヌ競馬場をかこむ森が見え、ゆったりとした時間が流れています。せわしない私のインタビューに、やわらかな物腰でゆっくりと話すのが印象的でした。

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Text: Koichiro Sato
Picture: Koichiro Sato

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